山梨市のために何かしたい、
山梨市の未来のために役立ちたい。

私は山梨市の加納岩小学校・山梨南中学校・日川高等学校と進み、日本体育大学を卒業後に地元に戻って山梨リコー株式会社(現在はリコージャパン株式会社山梨支社)に就職いたしました。

高校ではラグビー部に所属し、大学でもラグビーを専攻したので、合計7年間のラグビーボールを追いかける青春時代をおくりました。

山梨リコー株式会社では営業部門に配属となり、主に官公庁関係の担当として働きました。

定年退職後は、特定非営利活動法人ぴあ放課後等デイサービスJOYに入社し、5年間勤務しました。放課後等デイサービスJOYは、障がいのある学齢期のお子さんたちの放課後や学校休業期間中の療育支援を行うところです。これまでの経験とは全く異なる職場でしたが、もともと教員になりたかった私にとって、JOYでのお子さんたちとの触れ合いはとても楽しいものでした。と同時に、ご家庭が抱える不安や困りを肌で感じ、福祉の重要さを改めて考えさせられました。

私が60年以上住んでいる山梨市は、とても良いところです。自然にあふれ、果実はたわわに実り、人々は誠実で温かい。山梨市の人々に育てられ、山梨市の人々に助けられて、私は成長することができました。

その恩を今こそお返ししたいという気持ちが、年齢を重ねるにつれて一層強くなりました。山梨市のために何かしたい、山梨市の未来のために役立ちたい。そのために私にできることは何だろう。私が取り組むべきことは何だろう。今こそ、勇気をもって、行動を起こし、そして実現させる時ではないだろうか。そう強く感じています。